研究紹介

 本研究室では、非コードRNAの分子機構を分子生物学的・生化学的・細胞生物学的に解析し、ゲノムワイドな機序について情報科学的に解析しています。

 

これまでの主な研究内容。
 (1)1遺伝子特異的に効率よくノックダウンできるsiRNA配列設計ガイドライン
 (2) siRNAの非対称的な領域特異的役割
 (3) ヒト全遺伝子に対するsiRNAライブラリの構築

現在進行中の主な研究内容。
 (1) 小分子RNA作用マシナリーの調節機構
 (2) miRNAの発現・成熟に関わる分子の網羅的探索とその機能解析
 (3) miRNAサイレンシングの分子機構とその定量的解析
 (4) 細胞がん化シグナルネットワークの統合システム解析
 (5) 診断・治療に新たな展開をもたらす低分子RNA:分子病態における役割解明と新治療戦略への展開

 

ゲノム配列解読プロジェクトにより、いわゆるタンパク質をコードする“遺伝子”の数は、下等生物から高等生物に至るまで、大きくは異ならないことがわかってきました。生命現象はゲノム情報によって制御されていると考えられているにも関わらず、下等生物とヒトの遺伝子数が大きく変わらないとすれば、思考や感情あるいは言語などの複雑な高次生命機能は、いかにして生み出されるのでしょうか。近年のトランスクリプトーム解析によって、ヒトを含む高等真核生物には、タンパク質をコードしない非コードRNA (non-coding RNA)とよばれるRNAが多く存在することが明らかになってきました。非コードRNAの数や多様さと生物の複雑さには強い相関が見られることから、これらが生物の高次機能に深く関与している可能性が指摘されており、非コードRNAの機能を明らかにすることは、ゲノム科学における大きな課題となっています。実際に、古くからのセントラルドグマでは、RNAはDNAからタンパク質へ遺伝情報を伝達する単なる情報仲介役であると見なされていましたが、1998年のRNA干渉(RNA interference, RNAi)の発見に端を発して、RNAは驚くほど多様な機能を担っていることが明らかにされています。ヒトでは、非コードRNAの一種であるmicroRNA という小分子RNAがすでに約700種類見出され、これらは遺伝子の発現レベルを調節することによって多様な生命現象を制御していることがわかってきました。さらに、最近では、small interfering RNA (siRNA)という小分子RNAもレトロトランスポゾンや偽遺伝子、mRNAから産生されていることも明らかにされました。私たちは、siRNAやmicroRNAという非コードRNAの中でも小分子のRNAによる標的遺伝子に対する作用機序に関する研究を行っており、小分子RNAによる複雑な遺伝子ネットワーク調節の分子機構の解明を目指しています。また、siRNAは簡便で有用な遺伝子機能解析ツールでもあり、小分子RNAの作用原理に基づいた基盤的技術開発を行うとともに、これらの応用についても検討しています。

 

1)1遺伝子特異的に効率よくノックダウンできるsiRNA配列設計ガイドライン

RNAi は、ある遺伝子の特定領域と相同な2本鎖RNA (double-stranded RNA, dsRNA) がmRNAの相同部分を切断するという現象です。しかし、多くの哺乳類細胞では、約30塩基対以上の長いdsRNAが細胞内へ入ると、ウイルスに対する生体防御機構であるインターフェロン応答が誘導され、細胞が死に至ります。しかし、私たちは、胚性幹細胞などの限られた細胞系であれば哺乳類でも長いdsRNAによるRNAiが誘導できることを示し、哺乳類細胞にもRNAiのマシナリーは存在することを明らかにしました。

siRNA配列に依存したRNAi効果

その後、長いdsRNAはDicerというRNaseⅢ酵素によって、3’が2塩基突出した短いsiRNAに切断され、切断産物である短いsiRNAは、哺乳類細胞でもインターフェロン応答を起こさずにRNAiが誘導できることが示されました。RNAi法は操作も簡便で、塩基配列は最低19塩基わかっていればよいため、ポストゲノムシークエンス時代に適した有用な遺伝子機能解析法として注目されています。しかし、哺乳類細胞では、どのような配列のsiRNAでもRNAiを誘導できるわけではなく、RNAiが起こるかどうかはsiRNAの配列に大きく依存していることを私たちは見いだしました。レポーター遺伝子や内在性遺伝子に対する培養細胞を用いたRNAi実験、および個体におけるRNAiやDNAベクター型RNAiなどの種々の実験から、効くsiRNAの配列は、以下の4つの条件をすべて満たすものであると考えられました(図1)。

(1)ガイド鎖の5’末端がAまたはUである。 (2)パッセンジャー鎖の5’末端がGまたはCである。 (3)アンチセンス鎖の5’領域にAまたはUが多い。 (4)長いGCの連続配列がない。このような効く配列の条件を満たし、標的以外のすべての遺伝子とは最低2塩基以上のミスマッチのあるsiRNA配列設計用のウエブサイト(siDirect)を構築しました。これは、誰でも利用することが可能なようにWeb上に公開されています。 上記の条件を満たしているsiRNAは、なぜRNAi効果が高いのでしょうか。RNAi効果の高いsiRNAと低いsiRNAでは、図1に示すような顕著な非対称性がありました。RNAiの実行過程において、siRNAは2本鎖がほどけて1本鎖となり、RNA-induced silencing complex (RISC)複合体に取り込まれて標的mRNAと対合します。2本鎖RNAのAまたはUの対合は、GまたはCに比べ不安定であり、AとUの対合の方がほどけやすいという性質があります。したがって、効くsiRNAのガイド鎖の5’領域にAまたはUが多いということは、siRNAは非対称的に、ガイド鎖の5’側から1本鎖へほどけていくであろうことを示唆していました。一方、我々はRISCの中核となるタンパク質であるArgonaute (Ago)のヒト・マウス遺伝子を始めて同定していますが、最近の好熱細菌のAgoの構造解析の研究から、siRNAのガイド鎖の5’末端領域の6塩基はAgoの表面に固定されていることが明らかにされました。Agoに固定されるガイド鎖の末端は、最初に1本鎖になった末端側と考えられることから、前述の条件を満たすsiRNAが効率よくRNAiを誘導できるのは、ガイド鎖が効率よくRISC複合体に取り込まれる配列であるためと考えられました。

siRNA配列設計アルゴリズムの比較

有効なsiRNA配列設計アルゴリズムとしては、私たちのアルゴリズム以外にもいくつか提唱されていますが、私たちの方法を含む、世界的に広く利用されている3つのアルゴリズムについて、その有効性をホタルルシフェラーゼ遺伝子を標的するレポーターアッセイを用いて検討しました。その結果、私たちのアルゴリズムで選択したsiRNAの98%は標的遺伝子のmRNA量を33%以下に抑制するという最も良い結果が得られました(図2)。私たちの方法では、ヒト遺伝子の99.5%に対して有効なsiRNA配列が選択できることから、本研究によりヒトを始めとする哺乳類におけるRNAiの基盤的技術が、ほぼ確立できたと考えています。

対合エネルギー(Tm値)とoff-target効果

しかしながら、RNAiでは、目的とした遺伝子と完全に相補的な配列のsiRNAを用いているにも関わらず、目的とした遺伝子以外の遺伝子が抑制される場合があることがわかってきました。私たちはどのような機構でoff-target効果が起こるのかをマイクロアレイのデータを用いて解析した結果、siRNAガイド鎖の5'末端から2-8塩基目の7塩基(シード領域と呼ばれる)のRNAのみが相補的な配列をもつ遺伝子はoff-target効果によって抑制されると考えられる結果を得ました。つまり、siRNAの場合、全長にわたって完全に相補的な配列をもつ遺伝子(標的遺伝子)はRNAi効果によって抑制されますが、それだけではなく、シード領域だけが相補的な配列をもつ遺伝子(非標的遺伝子)も、off-target効果と呼ばれる、本来は意図しない作用によって抑制される場合があることになります。RNAi法によって目的とする1遺伝子のみをノックダウンするためには、off-target効果が起こらない方法が必要になりますが、ランダムな7塩基の配列は47=16,384塩基に1回の確率で出現することになりますが、off-target効果はsiRNAの配列によって起こり方が異なるため、配列以外の要因が関わると考えました。すなわち、off-target効果はsiRNAのシード領域と標的mRNAが塩基対合することによって起こるため、この塩基対合の対合エネルギーがoff-target効果の程度を制御する主要な要因であると考え、それを実証する研究を行いました。融解温度(melting temperature, Tm)と自由エネルギー(Gibbs free energy change, ΔG)という2つの対合エネルギーの指標を用いて検討した結果、たった7塩基であっても、2本鎖RNAのTm値は約70℃の大きな違いがあり、予想どおり、シード領域のTm値が高いものはoff-target効果が強く、Tm値が低いものではoff-target効果はほとんど認められませんでした(図4)。ΔGでも同様の傾向が認められましたが、Tmを用いたときのほうが、より強い相関が認められました。また、マイクロアレイの結果では、シードと相補的な配列が3’UTRにある遺伝子は強く抑制されますが、CDSにある場合にはその抑制の程度は小さいという違いがありました(図5)。

しかし、両者とも、シードのTm値と抑制効果には同様の強い相関が認められたことから、siRNAによるoff-target効果の強さは対合エネルギーに依存しているといえるでしょう。したがって、3’UTRに標的部位があるほうが強い抑制効果が認められる原因は、siRNAそのものにあるのではなくmRNA側にあると考えられました。

 このような研究から、小分子RNAの作用機序におけるsiRNAの配列の寄与の大筋が明らかになってきました(図6)。 RNAi効果が高いsiRNA配列の特性は、主としてガイド鎖がRISCへ取り込まれるステップに関わっていると考えられました。さらに、シード領域と標的遺伝子との対合が熱力学的に不安定化することで、off-target効果を避けることが可能であることも明らかとなってきました。このようなTmを考慮したsiRNAの配列設計が可能なウェブサーバーも構築しており、siDirect 2.0として公開しています。

 

2)siRNAの非対称的な領域特異的役割

私たちは、小分子RNAの作用機序を明らかにするためのアプローチの1つとして、21塩基程度と非常に短いsiRNAの領域ごとの役割の違いを調べました。siRNAの一部をシステマテイックにDNAに置換するという一連の実験を行い、効くsiRNAのガイド鎖の5’末端の約1/3の領域(5’末端から8塩基)はすべてをDNAに置換してもRNAi活性に影響はないが、3’側の残りの約2/3は数塩基でもDNAに置換するとRNAi活性がほとんど消失することを見いだしました。siRNAの5’末端の約1/3の領域は上述した”シード”と呼ばれる領域(5’末端から2−8塩基)とほぼ一致しています。私たちの結果ではシード領域をDNAに置換したsiRNAのRNAi効果はほとんど変化しなかったことから、最終的に全長にわたって対合する遺伝子に対するsiRNAのシード領域の役割は、まず最初に標的の配列を識別して対合することであり、そのためにはシード領域は必ずしもRNAである必要はなくDNAであっても問題ないと考えられました(図3)。

RNAi活性のあるDNA-modified siRNA

しかし、シードだけが相補的な配列をもつ非標的遺伝子に対しては、シード部分のみが作用点として働くと考えられます。RNA-RNAの対合はRNA-DNAよりも強いため、非標的遺伝子に対する抑制効果は、シードがRNAであるsiRNAの場合には標的遺伝子とRNA-RNA対合をするため強いoff-target効果が起こることが予想されますが、この部分をDNAに置換することによって減弱されると考えられます。一方で、ガイド鎖の3’側は、DNAに置換するとRNAi活性がほぼ完全に消失します。この領域はRLC (RISC-loading complex)あるいはRISCに含まれるRNA結合タンパク質との結合実験から、2本鎖RNA結合タンパク質の結合部位として機能していると考えられました(図3)。現在のこの領域のもつ役割について検討中です。

 

3)ヒト全遺伝子に対するsiRNAライブラリの構築

私たちのsiRNA配列設計ガイドラインに基づき、文部科学省ゲノムネットワークプロジェクト(平成16〜20年度)の一環として、東京大学分子細胞生物学研究所の秋山徹教授らと共同で、ほぼすべてのヒト遺伝子をカバーする、約20,000のレトロウイルス型siRNAライブラリを構築しました。さらに、およそ5,000遺伝子に対しては、胚性幹細胞や神経細胞にも適用可能なレンチウイルス型siRNAライブラリも作製しました。しかし、これらのベクターはRNA ポリメラーゼIIIプロモータを使用しているため、プロモータの性質上、選択できるsiRNAの配列が制限され、設計が困難な遺伝子もありました。そこで、独自に開発したRNA ポリメラーゼII プロモータによるベクターを用いて、約2,400遺伝子に対するライブラリを構築しました。約1,300遺伝子についてはヒト/マウス共通配列を用いました。これらのライブラリから転写関連遺伝子約500を選択し、HeLaおよびRKO細胞に導入して内在性遺伝子に対する効果を検討した結果、約75%の遺伝子についてRNAi効果を確認することができました。したがって、このライブラリは世界的にみてもレベルの高い品質を保持している我が国唯一のものであり、実際のヒト全遺伝子機能解析に使用可能な有用なツールといえます。現在、このライブラリは、小分子RNAの作用機序や癌化の研究などに利用されています。